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■2011年 |
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アタック・ヒットの定義を改正した。 |
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■2010年 |
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タッチ・ネットの反則を改正した。 |
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■2009年 |
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ボールのアンテナ接触時のボール・アウト、およびボールのライン際でのボール・イン、ボール・アウトを図解により理解の促進を図った。 |
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■2008年 |
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プロトコール時におけるキャプテンの記載をチーム・キャプテンに修正した。 |
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■2007年 |
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トリムの部の構成(年齢)の分類を変更した。公式記録記入法を更新した。 |
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■2006年 |
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トリムの部の年齢を変更した。 |
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■2005年 |
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チームの構成でシルバークラス・ゴールドクラスの年齢を変更した。 |
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■2004年 |
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競技者の位置を示す図等を加え、より理解しやすいルールとしました。 |
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■2003年 |
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小学生のボールの規格について変更しました。 |
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■2002年 |
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例外的な競技者交代に対して説明を追加し、プレー上の反則にインターフェアーを追加した。 |
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■2001年 |
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チームの構成でマネージャーを削除した。
第1回全国ソフトバレー・メンズ交流大会が香川県高松市で開催された。 |
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■2000年 |
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ソフトバレーボール記録記入法(用紙)を統一した。 |
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■1999年 |
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サービスの実行について,サービスのやり直しの例外を削除した。(小学生
競技規則を除く)
主審・副審の公式ハンド・シグナルの示し方を一部修正した。
第1回全国ソフトバレー・レディス交流大会が香川県高松市で開催された。 |
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■1998年 |
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簡易記録法(用紙)を併載した。 |
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■1997年 |
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チームの構成((2)−1)に関して,ルールの一部改正を行った。
日本ビーチ&ソフトバレー連盟が,ビーチバレー連盟・ソフトバレー連盟にそれぞれ独立したことにより,内部の組織であったソフトバレーボール.コントロール委員会が,日本ソフトバレーボール連盟として企画運営に当たることになった。
日本ソフトバレーボール連盟の機関紙「ソフトバレー・ファン」が発刊された。 |
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■1996年 |
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簡易記録法が,JVA審判規則委員会によって考案され,全国シルバーフェスティバル,スボレク祭で試行された。 |
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■1995年 |
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ミニも含め, ルールの一部を改正した。
ボールへの接触は,身体のどの部分でも許される。
「ミニ」のルールで,2人同時のプレーは1回の接触とした。
サービス・ゾーン(ショートサービス・ゾーン)の幅を,エンド
ラインの長さに広げた。
第3回ソフトバレー・シルバーフェスティパル(和歌山県白浜町)では参
加選手の年齢区分が廃止され,50歳以上の男女と改められた。
アメリカのセントジョージア市での第9回ワールド・シニアゲームに約
30人の選手団を派遣,ソフトバレーボールの普及に努めた。 |
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■1994年 |
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ルールの1 部を次のように改正した。
(1)ボールの許容接触部位で,腰から上をひざから上に改めた。
(2)ファミリーの部で,バックに位置した大人の競技者の,アタック・
ヒットを反則とした。
「トリムの部」の全国大会であるソフトバレー・シルバーフェスティパルが,香川県高松市で開催された。なお,山梨県での「ねんりんピック」の継続という意味で,第2回大会とした。(以後毎年開催)
第8回ワールド・シニアゲームに初めてソフトバレーが採用され,その普及と指導も兼ね約30人の選手団をアメリカのセントジョージア市へ派遣し,大きな成果を収めた。 |
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■1993年 |
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全国組織の改組により,新たに日本ビーチ&ソフトバレー連盟が発足。普及事業については,内部組織のソフトバレーボール・コントロール委鼻会がその企画運営に当たることになった。 |
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■1992年 |
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小学生フリーポジション制ルールの誕生により,小学生低学年を対象としたルールの,「ミニの部」がミニ・ソフトバレーボール競技規則として分離し,制定された。 |
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■1991年 |
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ルール・ブックの改訂版を発行。ビーチバレーの併載が外され,ソフトバレーボール専門のルールブックとなる。
ブロック単位の普及に力を入れるため,ブロックごとの大会とリーダー講習会を新設し,毎年開催することが決められた。また,「ソフトバレーボール・リーダー」の公認資格制度も制定された。 |
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■1990年 |
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日本ソフトバレーボール連盟が発足し,JVAの傘下団体として承認された。連盟役員には,JVAのブロック理事と指導普及委員会担当者および学識経験者などが委嘱された。
初めてのブロック単位の大会として「関東ファミリー・ソフトバレーボール大会」が,山梨県櫛形町で開催された。
連盟の初事業として「第1回全国ソフトバレーボール・ファミリーフェスティパル」が,JVAや開催市との共催により新潟県柏崎市で開かれた。この大会には生涯スポーツに理解をもつ企業の大きな援助があった。(以後毎年小学校の夏休み中に開催) |
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■1989年 |
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ルールブックの初版本をビーチバレーのルールと併載の形で発行。このとき「サービス時のアウトポジションの反則」の採用などルールの一部が改正された。
都道府県別の「ファミリー・ソフトバレーボール大会」が,年間を通じ全国各地で開催されはじめた。 |
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■1988年 |
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指導普及委員会の考案による競技規則が,(財)日本バレーボール協会(JVA)評議員会の承認を得て制定され,ソフトバレーボールの歩みか始まった。
神奈川県藤沢市で「ソフトバレーボール・リーダー講習会」が開かれ,全国に紹介される。
文部省主催による「第1回全国スポーツ・レクリエーション祭」の正式種目に採用され,初の全国大会として山梨県甲府市を中心に,申・高年齢層を対象とした「トリムの部」で開催された。 |
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